田舎暮らし

田舎暮らししたいと初めて思ったのは21歳のとき

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雪が降る地方で古民家に住む私は
ストーブをつけて
記事を更新しています。
ヤカンで加湿して乾燥予防、
夜食に焼き芋も焼いてます(笑)
ストーブ便利です。

今まではアパート暮らしやら、
仕事が忙しくて家に帰れず
家賃がもったいなくて会社に住み込んだり
という生活でしたが、

やっと憧れの庭付きの戸建です
古い民家に住むのは初めてで、
かなり寒いのですが
それはそれで楽しんでいます

都会的なきれいなマンションで
システムキッチンや機能的なサニタリーが
生活しやすいですよね。

以前は浴室乾燥機のあるお風呂でしたが
今は普通のお風呂で乾燥機はありません
雪や雨が多いため、部屋干しです。。。

トイレもこの時代にボットンです。
ここだけは最後まで気にしてたのですが
もうボットントイレでもいいや!と
古民家暮らしを満喫しています。

(2012/6に排水トラブルのため家がダメになるとの事で水洗にリフォームしました)

非公開にしているプロフィールの
ところにも記載を飛ばしましたが
私が田舎暮らしにあこがれたのは、
21歳のときです。

仕事仕事仕事、とにかく仕事が第一で
自分のことをする心のゆとりが
ありませんでした。
私の父も同じで、仕事人間、最後にはうつ病になる。

私は怖くなりました、
絶対になりたくない!と思うけど
仕事人間の血を継いでるんですよね…

私は当時、思い切って休みを使って
離島に住む姉を訪ねていきましたが
リゾート地なのに仕事が気になって
落ち着きませんでした。

姉に、そんなにがんばらなくても、
と励まされましたが聞こえてません。
しかし、姉と二人で、
誰もいないビーチで心の底から大笑いして
すっごく楽しかった思い出は今でも宝物です。

それから現実に戻り、気がつけば
私は田舎に住むことばかり考えていました。
都会にいたら精神が蝕まれる。

自分が壊れる前に田舎へ行こうと。
そのときは、田舎に行けば
ストレスから開放されると思っていたのです。
旅行と、移住の違いを考えずに…

で、何を思ったか、
当時不動産業をしていた私は水曜日が休みだったため
火曜の最終新幹線に乗り、福岡へ…

何も決めずに来たのでまずはカプセルホテルで就寝。
翌朝、地図を広げ、
不動産業の会社に面接志願の電話を。
(この戦法、実は、今の移住のときにも使っています。がそれはのちほど)

地下鉄とバスに乗っていったのは
どこだったか覚えていませんが
面接してもらうことになり、面接官に

『彼氏でも追いかけてきたのか?』

と言われました(笑)
そりゃいきなりですからそう思いますよね。

撃沈して、そもそもなんで福岡なんだ?
田舎がいいといいながら
副都市で、便利な場所を選んでいるし…

目が覚め、
私は現状から逃げてるだけだ!と気づきました。
帰りに博多駅で、明太子いわしを買って、
何事も無かったように帰りました。

それからも変わらず仕事を一生懸命やって、
どうにか独立して食べていけるよう
今は勉強のとき!と言い聞かせ、
色んな取引を経験しました。

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で、とあるときに、
自分が納得いかない物件もいいところを探し出して
お客様には喜んでいただきながら
販売をしていく営業だけやっていても
私には何も残らない。

本来やりたいことはなに?と問う毎日。
仕事にプライドは持っていて
宅地建物取引主任者も取得し
収入も同世代の一般事務と比べると倍でした。

それでも全ての収入を捨てて
自分のやりたい道に進むのでありました。
そのときにはまだ田舎に行きたい
という思いは封印していたのですがね…

無収入で新しい自分の道の修行をして、
バイトをして家賃を払っていました。

あの時は、ほんとうに夢中で、
お金ではなく、自分の技術を上げることに
必死でした。体を壊しても病院にいくお金も無く
我慢していたのですが、苦じゃなかったですね。

やっぱりやりたいことを実現する思いが強いのは
仕事人間だった父が心を病んでしまったことで、
崩壊していったことを見てきたからでしょう。

あんな風になりたくない。と思いました。
母も、私のことは好きにさせてくれました。

普通に就職して結婚するのが幸せとは限らない。
そう言ってくれたから、私は我慢することなく
思いのままに夢に向かえたのだと、両親に感謝しています。
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